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落ちた

どうやら若手俳優とバンドマンが好きらしいです

なんか推しが病んでた

下書きがたまっていきます。こんなこと書いてもしかたないよなあと思ったけど消せずにそのままにしている下書きがたくさんあります。思うことはたくさんあっても学級会を開きたいわけじゃないからなんか書くことが行った現場の感想くらいしかありません。今はAくんの現場通いの最中です。これが終わったら2月末まで現場がないので誰か同行させてほしいくらいです。

 

このあいだここに書いた通り、Aくんが何だか病んでいました。原因はわかりませんが、Aくん曰く「半年に一回来る弱る時期」らしいです。

推しが病んでいても、悲しいことにわたしにできることがありません。一緒に飲みに行くこともできないし、抱きしめることもできない。やろうものならきっと現場は出禁だ。そうなると、わたしは弱っている人にどう声をかけたらいいのかわからないのだ。どうしたの?だいじょうぶだよ。辛かったら手を止めてもいいんだよ。応援してるよ。頑張って。溜め込みすぎないで。ムリしないでね。弱いところを見せてくれてありがとう。そんなところでしょうか。でもね、ぜんぶ本人はわかってると思うんだよね。そう思うと何も言えなくて、結局ネット上ではだんまり決め込んじゃった。何も言ってあげられない気の利かないファンでごめんね。君には優しいファンがたくさんいたことがわかって安心した。頑張り屋さんの君だから、きっと躍起になってしまうんじゃないかって、少しだけ不安。

バンドマンを追いかけていた時も、同じようなことがあった。バンドマンはとても精神的に不安定だった。突然姿を消したこともあったし、死にたいとかつぶやいていたこともありました。結局死にやしなかったけど、わたしはそのときは必死で声を掛けました。でも何も変わらなかった。彼にとってファンという存在はどんな存在なんだろうって思ってしまいました。支えになんかなれやしないけれど、わたしたちがいなかったら活動だってままならない。アンバランスなようで絶妙なバランスの上で、ファンと芸能人は成り立っている。

 

Aくんは普段から比較的団体の中ではムードメーカーだ。個人といるときは意外と静かだって話だけど、「みんな楽しくいてほしい」タイプ。 だからわりと、トークショーとかではよくしゃべる。DVDのバクステとかもよくしゃべる。でもそれって案外脆い装飾品なのかもなあと薄々感じている。

 

君が頑張っているのも知っているし、君がもう子供じゃないことも知っているし、君が前に進みたくて頑張らなくちゃって思っていることもわかる。だから手を止めてもいいと言えなかったし、無理するなとも言えなかった。君が頑張りたくて頑張っているんだってわかっていたから、止められないんだよなあ。

 

 

声をかけたかった。でも声をかけたところで、人の気持ちって表に出したときにはすでに、まわりが思っている以上に、ある程度意思がかたまっているって思うと、何も言えなかった。

 

わたしはなんて声をかけたらよかったんだろう。

 

 それでも昨日舞台にあがったAくんは、やっぱりとっても素敵な役者さんだった。ちゃんと役者だった。ステージに上がったらプロだなって思った。でも、その元気を素直な気持ちで見られなかった。

 

雑念とっぱらって明日は彼の現場にいきたいなあ。しんしん。

 

 

舞台「赫い月」感想文

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舞台「赫い月」 / 公式サイト 

舞台「赫い月」を観た(ゴリゴリネタバレ) - 落ちた

 

こんにちはこんばんは、わたしも赫い月ロスです。


先日千秋楽を迎えましたので、改めて感想を認めていきたいと思います。改行が少ない上にそこそこの文章量なのでPC閲覧推奨です。誤字は勘弁してね。

たった一言で言わないといけないとしたら、わたしにとってとても好きな作品でした。

もともと金曜日の夜公演と千秋楽だけ行く予定だったのですが、ちょろいおたくのわたしはカレイベで秋元くんに「赫い月観に行きます」と言ったら「本当ですか、ありがとうございます」(テンプレだけど天使の笑顔だった)と言われたことで追加で初日を入れ、初演の考察をもってるんるんと入った金曜の夜公演のあとにその衝撃でリピチケで土曜昼夜公演を入れ、気付けば七公演中五公演入っていました。おかしいな、入っている回数の方が多い。何度見ても違うことが見えてきて、毎回毎回はっとさせられて。Bくん目当てで入ったはずだったのに、気付けばその世界に飲み込まれてしまった。しつこく誘ったら友人が初日と千秋楽に来てくれました。それくらいわたしは気に入った作品。観劇初めだというのに、重すぎるくらい気に入ってしまった。最前下手→前列上手→後方上手→センター→中列下手で見ていました。色んな角度から見られてよかったけど、上手が一番すきだったな~。大きい劇場ではなかったので、肉声が響き駆け巡る衝撃が客席まで伝わってきたのもとても臨場感があってよかった。

大丈夫か?と思ったこと - 落ちた

こんな心配をよそに、平日も完売とまではいかなかったもののそこそこの人入りで、土曜は完売までもう少し、千秋楽は完売。千秋楽最後のあいさつで元吉さんの言葉に号泣。秋元くんのあいさつに号泣。また、欲を言えばこのメンバーで、「赫い月」再演してくれたらわたしも嬉しいです。ちなみに座席はデフォルトのままでした。

あまり演出的なところはわたしはわからないのですが、とにかく音楽が最高。ロビーに音楽家の小沼ヒロキさんが実際にいらっしゃっていて「あの、劇中の音楽が本当に好きで好きで…売ってください…!」「ありがとうございます!音楽家冥利に尽きます…!ちなみに後日無料DLできますよ!(QRコード、サッ)」と言われ、思わず「買わせてください…」と言ってしまいました。お金払わせて。芸術の価値は金額ではないけれど、相応の対価を払いたいと思った。某芸人兼絵本作家が絶賛炎上中なのは関係ないです。

elekoder.wixsite.com

 

初演を観ての感想を先日書きましたが、あれから回数重ねていろんな見え方が出てきたので、もう一回書いていこうと思います。何回見ても違う見え方があって、つじつま合わせにストーリーを追う予定で見ていたのに全く違った結論に自分でいたることもあって、そういう意味でもとても面白い作品でした。たぶん観た人みんな違う理解をしているんじゃないかなあ。わたしはわりと解釈が多岐にわたる話の方が好きらしい。

総括して、やはりわたしは「戦争を語り継ぐお話」ではないと思いました。そんな壮大なお話ではなくて、いつだって目の前にある人一人一人の生きた軌跡のお話なんだろうなあ、と思っています。

東吾の生きた現実と記憶と妄想と

物語の冒頭で、孫の明日佳が「そんな想像を、あたしはしてみる」と言う。未だに自分の中でしっくり来ていないところがあるのだけれど、これって、明日佳が東吾から聞いた話からした想像の世界を具現化しているにすぎないのだろうか?上演中も、明日佳が舞台を見ながら歩き回り、着信音で一旦途絶えたりもする。明日佳の想像と、東吾の回想、そして彷徨い続ける健二さんと二郎さんの妄想が折り重なったのが「赫い月」の物語なのかな。場面が変わるたびに、もしかしたら東吾の記憶と、明日佳の想像と、健二さんと二郎さんの妄想が入れ代わり立ち代わり繋がっていったのかもしれない。

東吾の生きた現実と記憶と妄想を、先日は「違う世界線の話」かと思っていたのですが、これは東吾の記憶と妄想の世界なわけで。東吾がエンディングノートに「孫の明日佳に会いたい」と書いていたのは偶然か必然か、その明日佳が東吾の記憶と妄想を再び呼び起こす鍵になった。どこからどこまでが妄想で、どこからどこまでが記憶なんだろうと思ったけれど、妄想も含めて記憶だったんだなあ。東吾の記憶の世界ではあくまで東吾が創造主で神様。その記憶の持ち主にとっては、その記憶そのものが間違いなく現実だった。 

東吾はあれから赫い月の下ではなく、太陽の下を歩いた。そのときは当たり前じゃなかった当たり前の人間の営みを経て、自分を残し死んでいった仲間たちのことを忘れていく。仲間たちのこと、仲間たちがどう戦争を終えたのかを、忘れていった。

じぶんが忘れてしまったら、いつまでも彼らの魂は宮城を駆け巡ってしまう。そこに彼らがいたんだ、一緒に駆け巡ったんだという記憶。自分が忘れてしまったら、彼らはただの記録になってしまうから。明日佳が久しぶりに来て、思い出して、自分の記憶のあしたを託した。そういうお話だったんじゃないかなあ。

赤い月

わたしは実際に公演に入る前、「赤い月」=旭日旗のことでは?と考えていた。国の象徴。天皇の象徴。天皇は現人神で、天照大御神が祖先神で。みんながそれのために一つになって戦った。実際に物語を見てみれば、「赤い月」という単語はまさにみんなの支えだった。日が昇るのではなくて、赤い月が昇る。太陽ではない、赤い月だ。わたしは最後まで、この赤い月がなんなのか分からなかった。祐子のことなのだろうか。祐子自身が「本当にいい妄想」とつぶやいたのは、東吾の「赤い月」という妄想が自分を生かしたからなのだろうか。東吾にとっての赤い月は祐子だったけれども、他の将校たちにとってはどうだったんだろうか。天皇のことだったのか、戦争が続く明日のことだったのか、爆撃で赤らむ空だったのか、爆発した太陽=原爆だったのかもしくは、そのすべてか。あくまで概念。

不死身の宇宙飛行士

人間なのだとしたら、不死身だなんてありえないわけですよね。妄想が記憶と折り重なって、それをまた下の世代に伝えて、人が人として生きた証を言葉でつなげていく。つなげてつなげてつなげて、そこでその記憶は生きていく。不死身の宇宙飛行士は、記憶そのものだったんだと思う。歩き続ける宇宙飛行士は語り続かれる東吾の記憶そのもので、だから祐子はしつこく何度も「歩いていますか」と聞いたんだと思った。覚えていますか、覚えていますか。ちゃんと、あなたの「明日」につながっていますか。

彼らが生きた証を、残していかなくてはいけない。記録じゃなくて記憶として、どうやって死んでいったのか、どうやって終わりを迎えたのか、彼らを記憶の中で生かしてあげないといけない。ただwikipediaに載っている反逆者としての彼らではなくて、一緒に戦った仲間として。その記憶が不死身の宇宙飛行士だったんじゃないかなあとふわふわ考えいています。

 

春名東吾という人とその仲間たちの関係

春名東吾

・戦時、近衛部隊所属の22歳(関係ないけど主演を務めた秋元くんと今年で同い年です)

ADHDの気がある(これ物語の上で東吾と登場人物同士の関係性を考えるには結構重要だと思う。台本の最終頁、元吉さんのあとがきより。)

・陸軍歩兵部隊所属時に任務で負傷、自分だけが生き残り、それによるPTSD心的外傷後ストレス障害)を患う(物語中で負傷した話をしてパニック起こすのでほぼ確定とみていいと思います)

・久宮祐子内親王に想いを寄せる

・真面目だけれど真面目すぎるがゆえに要領が悪く、マルチタスクが苦手。

小見出しがなんか間抜けな感じになってしまった…

東吾を説明するのは大体こんな感じ。秋元くんはとっても魅力的に演じていたと思います。推しているひいき目かもしれないけれどもね。最終日の東吾さんは非常にエモくて本当によかった。観た五公演の中で最終日の東吾が一番よかった。生きる以上に生きていた。OPが毎回鳥肌立った。

PTSDについては宮城事件→玉音放送・終戦の流れで更に負ったのかも?それが94になってやっと思い出した理由なのかもしれない。ずうっと、自分を守るために本能的に忘れ去っていたのでは?と。

東吾と祐子

物語の序盤で出会う東吾と祐子様のあのシーンは、どこからどこまでが現実だったんだろうなあ、と、物語を通した時に感じた。そもそもの出会いがまず東吾の生み出した妄想だったのか。夢なのかもしれない。祐子様が終盤で言った通り、「幾億の記憶と妄想が折り重なり」その結果が人の記憶として残っていく。

「あなたは誰なのでしょうか」「もう記憶が曖昧なのです」そう告げた東吾はあれから72年赫い月に向かって歩き続けていた。祐子様が自分の妄想の産物であると気付いたのは、自分が94歳になって、記憶が少しずつ薄れていく中でのこと。だから、戦時、戦後ずうっと、94歳になるまで東吾は祐子を想い祐子との約束のために生きていた。

なぜ東吾は祐子を生み出したのかと考えても答えが見付からなくて、思いついたのは「自分が仲間たちと戦争を貫いていく一番都合の良い存在が皇族のお姫様」だったのかなあと思うとそれはそれでしんどいな…ってなった。うーん。答えはなくてもいいんだろうけれど。

自分の妄想が織りなしたのが祐子という存在で、それに気付き、祐子が生後四か月という月齢で早逝したことを思い出し、祐子から「あなたの妄想です」と告げられ。それでもなお東吾は祐子に「大好きです」と伝えて。本当にここの秋元くんの一挙一動がやばすぎて(語彙力)東吾が「祐子さん」とつぶやいて、一歩近付いて、手を取って、目を合わせて、間。そして「大好きです」の優しい声。涙が止まらなかった。だって、自分がずっと72年前に出会った想い人が、自分の妄想の産物で夢幻の存在だってわかったもなお、「大好きでした」じゃなくて「大好きです」なんだよ…飾らない、ただただ自分が人に対して抱いたその感情をストレートに言葉にして、その言葉があまりにもまっすぐで、言い訳もなく、責めることもなく、その愚直さと優しさが東吾らしくてもう本当に堪えられなかった。その時に東吾が祐子の手を取ったのは、祐子が「お辛そうな顔をしているから」少しでも紛れさせようと思ったのかな。祐子の笑顔が悲しくて、ああ、そこに祐子は生きていたんだな、東吾にとって、祐子は紛れもなく現実の存在だったんだって苦しくなった。

東吾とクーデター参加者

話変わって今度はクーデターで共に戦場を駆け回った彼らのことを考えてみた。作中で東吾と非常に絡みの多い近衛師団の古賀秀正少佐と陸軍部の畑中健二少佐、椎崎次郎中佐。時勢に飲まれ共にクーデターに参加する東吾を見て、特に古賀さんは何を感じたのだろうか。古賀さんは陸軍士官学校からの知り合いで、きっと登場する誰よりも東吾のことを見ていた。

東吾はご覧の通りADHDの気があり言葉の裏をかくことが苦手で、「天皇(というか祐子様)をお守りする」という意識のためだけにクソ真面目に「自分のやりたいことは、健二さんと二郎さんのやりたいことです」と言ったんじゃないかとわたしは思った。

古賀さんはそれをわかっていて、だから東吾には実際に手を汚させないで「玉音盤を探すこと」を命令した。東吾をクーデターの実行犯にしないために。ただ時勢に飲まれただけの、まっすぐでどうしようもないくらい真面目な東吾を歴史に残さないために。

「玉音盤が我々の切り札となりえる」なんてもっともらしい理由をつけたくせに、結局「お前が一番信頼できる」と言った古賀さんの愛を感じました。古賀さんが一番人間らしいキャラクターだな~。

古賀さんの立場って物語の中ではどことなくどっちつかずで、近衛師団としての使命と軍人としての誇り、そして一家の長・父としての情のあいだで揺れ動いたひとだったなあ。最終的に、たった24歳で軍人として生き軍人として自決することを選んだ古賀さんが、痛々しくて。

それから健二さんと二郎さん。二人は劇中で「ゴトーを待ちながら」さながら東吾を待つ。

彼らはこのクーデター後も生き残った井田さんに「後ろ指指されて生きてください」、東吾に「生きろ」と命令をして。軍人として生きてきた人に対して戦争が終わってからも「生きろ」なんて、一番残酷な言葉なんだと思うんだ。それでも彼らには生きていてほしかった。生きて、生きて、生き抜いてほしかった。苦しいなあ。

歴史に名を残すのではなくて、誰かの記憶に残りたかった。魂の半分は宮城を駆け回っているけれど、「もう記憶が曖昧」で、だんだんと忘れていってしまう東吾と、それでも東吾を待っている健二さんと二郎さんがもう一度交差し合ったのが最後のシーンで放たれた東吾の「明日佳、聞いてほしい話があるんだ」の一言に込められていたんだろうなあ。もちろん祐子もね。

ゴドーを待ちながら」ではやってこなかったゴドーが、この「赫い月」ではちゃんと訪れた。死後から72年も経ってしまったけれども、そこに彷徨う二人のところに、間違いなく東吾は向かった。実際に来たのは井田さんだったけれど、東吾はちゃんとみんなのことを思い出して、そこに向かって、ああ、二人は救われたんだと思った。東吾がようやく事の顛末を思い出した。「戦争で世界中を飛び回った話」「戦争中なのにみんなで野球をやった話」「不死身の宇宙飛行士の話」以上に、「どう彼らが死んでいったのか」「どう戦争が終わったのか」。明日佳に「聞いてほしい」と告げて、ここでやっと健二さんと二郎さんはちゃんと死ぬ…というのか、なんと言うのか、個体として、個人としてそこに生きた証を残すことができたんだなって思った。

 

 前置き抜いてここまで文字数カウントしたら4000字あった。大学のレポートかな?学生時代は一夜漬けでレポートを書いていたのですがさすがに疲れてきました。

 

その他個人的にお気に入りのシーンたち

・冒頭のシーンで健二さんに「お前またいるな?」っていうセリフがあるんですけれど、そのとき上手の中後方見ながら言うもんで、土曜の夜公演のときちょうど視線がこっちに来ていて、「お前またいるな(何公演目だよ)」みたいに感じてしまって一人でツボってた。

・むち打ちプリウス、むち打ちプリウス

 ・センター中列に入っていた時、ちょうどオープニングの手を伸ばすシーンで秋元くんの目線がセンター中列に来ていてすごくドキドキした(おたく)

・慰問に来ていたという祐子がみんなで写真を撮りましょう!→集合写真を撮ったあとに「いい匂いがした…」っていう誰かのつぶやき

・「あわただしいですね!」→わいわい→二郎さん役の若宮さん(だったよね?)が古賀さんと東吾に絡む日替わりネタが猛烈に好き。飴ちゃんあげる、チョコレイトあげる、あとなんだっけなあ、、、最終日なんかの物まねさせられてた。可愛すぎた。

・ 「あわただしいですね!」のあと、祐子役の小野川さんが舞台袖で「あれ買ってー!」って言ってるのが可愛すぎた(小野川さんのお顔どタイプ)。

・「出世の条件は成績優秀・容姿端麗・家柄良好?・そして容姿端麗」で古賀さんがウインクするのがわりとやばい、古賀さん…!ってなる

 ・上原が森師団長を斬った後、航空士官学校に戻って「誰かいないのか、俺は人を斬ったぞ」と叫んだあと、だんだんと小さな声になっていって、最後呟くように「誰も、いないのか…よかった…」っていうんですよ。それがもうほんとなんかすごく好きで、苦しくて、切なくて。あの「よかった」は自分以外に同じことを繰り返さないといけない仲間が出てこないで済むっていう「よかった」だったのかなあ。わかんないけど、あのシーンは本当に圧巻だった。あれも日に日によくなっていて、最終日は特別エモかった~~~~!上原役の梅津さんをめちゃめちゃ好きになった…

・古賀さん終始姿勢が良くて「軍人!」って感じだった。

 ・初日の舞台挨拶、秋元くんめちゃめちゃ緊張していたのか、緊張の糸がほどけたのか、噛み噛みで五秒前の発言と真逆のこと言って可愛かったし、野島さんに「真面目だなあ」って言われててめっちゃ笑った。

・初日若宮さん(だったと思うんだけど…!)がどこかのシーンで噛んでものすごい誤魔化し方してめっちゃ笑った、ものすごすぎてあれがセリフなのかと思ってたけど次以降の公演でなかったからたぶんセリフ間違えたんだと思う

長谷川あかりちゃん、声がとっても聞きやすかったし、東吾(おじい)が咳込んだときの「お母さーーん!!」が生々しくて泣きそうになった

 

 

 

この辺から完全にわたしが個人的に楽しんでいることです。赫い月本編には直接関係ないぞ!ていうかここまで律儀に読んでくれている人はいるんだろうか?

テーマソング厨なのでいろいろ自分の好きなバンドの歌をめぐってピンと来たのだけれど、

それは或る夜の出来事 - CIVILIAN - 歌詞 : 歌ネット

これは実に親和性が高いなあと思って。

あとは 

ディストーテッド・アガペー - CIVILIAN - 歌詞 : 歌ネット

メシア - CIVILIAN - 歌詞 : 歌ネット

彗星 - CIVILIAN - 歌詞 : 歌ネット

このへんを東吾に捧げたいです。

 

おわり。久しぶりにいっぱい文字書いたから疲れた!

AくんとBくんのバースデーイベントがかぶった!Aくんはバスツアーだからパスします!ごめん!超絶死ぬほど人見知りに初対面の同厨と一晩を共にするのは無理だ!って言ってたら友達が「辛くなったら電話してきてもいいよ」って言ってくれたけどマジで電話しそうだしそうなると協調性皆無なのバレるからやめて~~~!!!捨て垢作るところまでは想像したけど、手軽に行かないことにしました。(ちゃんちゃん)

明日はAくんの朗読劇だよ~!Aくん昨晩のブログでメンがヘラってたけど大丈夫か~!?酒は飲んでも飲まれないでくれ~!どうにも彼は結構飲む方みたいだし、いつも明るく振るまう彼なだけにちょっとだけ心配です。あの明るさが建前だってわかってるけどね。そんなAくんに捧げます。syrup16gで「シーツ」

 

シーツ - syrup16g - 歌詞 : 歌ネット

 

本当におわり。

プレゼント

q0n.hatenablog.com

は!こちらの記事を拝読して気付きました。ぼちぼち推し二人の誕生日が近付いています。二人とも三月生まれで自分も三月生まれ、どうにも二月~三月の出費は免れそうにない。わたしも自分のプレゼントについて考えてみることにしました。

 

1.今まであげたもの

時計のど飴、ハンドクリーム、ニットネックレス、マフラーベルト、ヘアケア用品、ネタTシャツ、稽古着用じゃないTシャツ、ワイン、良いフェイスパック、入浴剤詰め合わせ濡れマスクキッチングッズ、ハーブティーアロマキャンドル…かな…

バンドマンや短期推ししていたモデルさんなどなどを含めて過去に贈ったプレゼント(お菓子類を除く)を思い出せるかぎり思い出してみました。バンドマンにはカレーとご飯をあげたことがある。どんだけ生活に困ってると思ってたんだろう。*1 こう見るとあんまり高価なものはあげてないですね。ボトムあげたいけどトップスよりも難しいですよね~

 

2.予算

マックスで2万、とかいいつつビビっときたら2万5000円くらいまで出しちゃう。大体5000~1万5000円までを目安にしています。

 

3.頻度

服とかアクセサリーはアニバーサリーとかイベントごとのあるとき、あとは公演中に一回、小さいものを差し入れ程度に。

 

4.買う場所、ブランドなど

圧倒的にルミネが多い。ビビッと来たものか、店員さんに、彼氏にプレゼントする体で相談している。Bくんは若手俳優(ファッションジャンル)っぽくないので同世代の男の子が「いやまじほしいんだけど中々手が届かないんだよな~!」みたいな服をあげている。あとはゾゾで周回したり、受注生産系のはそれぞれのブランドのウェブオーダーか展示会です。コスメに関してはウェブショップか店頭。

 

5.勝率

バンドマンもBくんもあんまり自撮りしない/私服イベントが少ない人だからわからん…Aくんには怖くて(後述)服を送ったことがないです。でも自撮りめっちゃ上げるのはAくんだからあげたい~きてくれ~

 

6.思い出に残っているプレゼントは?

短期推しの外国人モデルさんに手渡しで贈ったハンドクリームかな…つかったよ!香りもパッケージのデザインも気に入ったし、とっても滑らかになった!Thank you!って旨の返事の手紙が家に来たのはマジでめちゃめちゃ笑った

あとはやっぱりこの間着てもらったニットですね。悩む暇もなく入店5秒で購入を決めた完全に衝動買いだったのでわたしの衝動は間違っていなかったらしい。あんなにプレゼントで悩まなかったのは初めてでござる…

 

7.その他

推したちの誕生日を目前にした今の心境を長々と書きます。

プレゼントしたい服があるのだけれど、受注生産なので到着が四月になってしまう……!Aくんは三月末に誕生日なのですが、四月末になんかイベントをやるみたいなので、多分誕生日イベントも兼ねたイベントになるんじゃないかなあと踏んでいます。去年は誕生日周辺に泊まりのバスツアーしていました。でもわたしはバスツアーは何かと苦手なので、普通のイベントがいいです。四月末なら今受注しても間に合うかなあ。そんなこと言ってたらたった今バスツアーが発表されました。どうしよう…

Bくんはまだ何も告知がございません。今までやった痕跡もありません。三月の舞台は全然情報が出ていないので、やってくれたらいいなあ。やらなかったら事務所に送るですよ。うむうむ。

以前書いたか覚えてないんですけど、Aくんは服にそれなりにお金をかけているイメージがあります。来店情報見ても大体万単位の価格帯のセレショとかなんだもん。仲のいい若手俳優からも「お前いつもおしゃれじゃん」みたいなこと言われていたので、服にお金も気もかけているんだなあとしみじみしています。なので普通の服を送るのに抵抗があります。こういう服にこだわりが強い人だと稽古着とかの方が無難だよね。でも彼にはお気に入りの稽古着のブランドがあるので、かぶるだろうな~~~wwwウヒwwwwwって思うと手を出せません。おしゃれな人を推すとこんなに辛いんかい。食に走れない今、泣きそうです。*2マジでみんな何あげてんの?この間スキンケアに目覚めたって言っていたので、受注生産の服かスキンケア用品にしようかなって思います。

BくんはAくんほどはこだわりはないと思います。以前特定した服も、価格帯的にわたしが普段着ているものよりもむしろちょっと安いくらいでした。そういうところもかわいいねえ。お小遣いあげたい。Bくんには果てしない孫みを感じます。Bくんの方が選ぶのは気楽です。細くて背が高いのでサイズだけ気をつければなんとかなりそうです。あ、顔が恐ろしく小さいので帽子はサイズが間違えそうで控えたい。この間指輪してたな。う~ん何にしようかな。

 

衣料品のプレゼントってする側のセンスが垣間見えてしまうから苦手です。センスないんだもん……! 

*1:食べてくれたらしい

*2:バンドマンは手作りや生物、日持ちのしないものじゃなければ基本食べ物OKだった

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舞台「赫い月」を観た(ゴリゴリネタバレ)

思いっきりネタバレしているので、これからご観劇なさる方はご注意ください~!後日公演が全て終わったら改めて編集したいです。

 

2017年1月18日、19時開演 エムキチビート主催 舞台「赫い月」初演見てきました。Bくんが主演なのです。わかりますね。彼がBくんです。

開演前に不死身の宇宙飛行士さんがアナウンスに合わせてジェスチャーしてて、すごくかわいかったです(照)携帯を膝でカチ割るジェスチャーは草不可避でした。

映像や光、音を使った演出がすばらしかったです(こなみかん)ごめんなさい、技術的なところはあんまりわかんないんです。

 

 

ここから物語についてグイグイネタバレしておりますゆえ。台本の中身にも触れています~。かまへんかまへんという人はどうぞ!

 

 

戦時のクーデター・宮城事件をもとにしたお話なのですが、わたしたちは敗戦・定刻通りの玉音放送が行われることがわかっているだけに、戦争を続けるために駆けずり回って喉が裂けそうなほど叫んでいたその姿が痛々しくて見ていてつらかったです。

わたしの祖父は戦時前線には出ない軍属(事務官的な感じ?祖父は法務関係の国家公務員でした)という扱いで戦争を経験していたらしく、どんな気持ちで戦争を経験し、どんな気持ちで玉音放送を聞き、どんな気持ちで戦後を過ごしたのかな、と考えてしまいました。祖父はわたしが生まれるよりもずうっと前に亡くなっているので、一度もその話を聞いたことがありません。

 

 Bくんのことを普段からわたしは「かわいい」「弟にしたい」と思っていたのですが、今回のBくんはすさまじく骨太な男だった…いやたまに服から浮き出る体のラインが細すぎて心配になったけど物理的な意味じゃなくて…かっこよかったです。いつもの爽やかなイケメン感もいいんですけど、そこに彼は生きていたっていう感じがにじみ出ていました。紛れもない生を感じました。

ウィキみた限りだと、トウゴは架空の存在みたいですね。

もう最初の方からトウゴのADHD感がすごくて「まさか?」と思っていたら台本の最後に脚本家さんが名言されていました。ADHDだからこそ、あそこまでまっすぐ祐子様との約束を守り、生きて赫い月に進めたのかなあと思います。あれは別に意識的に行っているんじゃなくて、自分の中で正しいとか正しくないとかそう意識もなくて、本当に気持ちの赴くままに過ごした結果なんだな。トウゴにとっては戦争に負け、仲間が自決していって、それでも生き延びてしまって、罪悪感と後悔に苛まれながらも自分の妄想の中の祐子様との約束を守ることは、彼なりの罪滅ぼしだったのかなあ。罪滅ぼしなんていう意識もなかったかもしれませんね。台本はまだ全部は読んでいませんので、これから見る残りの公演に合わせて少しずつ自分の中で読み解いていきたいなあ。

 

そして、祐子様とトウゴの最後のシーンがものすごく愛おしくて、「大好きです」の優しい声に涙が止まりませんでした。トウゴらしい、とてもまっすぐで素直で飾り気のない告白。そしてそして、ラストシーンは泣かずにはいられないわけですよ…わたしもおじいちゃんに会って話を聞いてみたかったなあ。

 

あすかちゃんの不妊設定はいったい何の意味があったのかな、と考えたときに、「トウゴが毎日を生きること」=「赫い月に向けて全力で徒歩で進むこと」であり、月にたどり着くには4000年以上必要で、トウゴがそれを実現するためには子孫を残して続けていくしかなくて、でもあすかちゃんは子供が残せない体で。ただ赫い月にたどり着くために毎日を生きてきたトウゴにとって赫い月は生きるための魔法であり、死ねない呪いであったのかもしれない、呪いがそこで解けたのかなあって思った。赫い月にたどり着くための子孫ではなくて、ちゃんと、自分の孫として愛おしく思えたのは、たぶん呪いが解けたんじゃないかなあと思いました。妄想です。あすかちゃん、たぶん年齢設定的には自分と近いものを感じる。

 

Bくん以外のキャストさんも、まさに鎬を削るかのような演技が素晴らしかった。誰もが追い詰められ、誰もが正しいと思い、誰もが正解を知ることはなく命を落としていったあの時代を、とてもセンシティブに、しかし力強く表現していたなあと思います。所々に「ゴドーを待ちながら」の要素*1も散りばめられていました。ただわたしにはあれが何を意味するシーンなのか理解が及びませんでした…誰か教えて…

シュタゲとハルヒを見たあとの頭だと、「これは違う世界線の話で、トウゴのいる世界そのものがトウゴの妄想で、つまりトウゴは妄想が生み出した存在なので実在しなくて、本当はケンジさんとジロウさんが待つこの世界が現実世界なのか…?祐子様がトウゴの妄想の産物なわけだし、トウゴは世界を創り出した、つまり神か何かなのか?わたしは妄想が生み出した人物の妄想を見ていたのか?」とか思っています。「ゴドー」→「ゴドウ」→「ゴトウ」→「トウゴ」っていう自説が正しいのなら、「ゴドー」=Godot=GODとも言われているわけだし、トウゴ=神っていうのも当たらずとも遠からずだと思うわけでした。ん~わからん!哲学だ!まさに不条理演劇だ。なんていうか、物語は見えているのにその外観が見えてこない、気分的にはフランツ・カフカの『変身』を読み終わった後みたいです。ファンタジーだからどんな設定でもあり得るし。

 

赫い月が明確に何をあらわしていたのか、一回では理解できていません…不死身の宇宙飛行士は約束、というか「妄想」そのものなのだろうか。ああ~頭が足りない~~~~~~~!あと二回見てわたしは理解できるのでしょうか!

お恥ずかしながらあまり考察することが得意ではないため、あっちこっちに話が飛んで行ってしまいました。とりあえず初演を見た感想でした。

 

物語には関係ないけど、終演後ロッカーで荷物整理していたら、観に来ていたAくんがすいーっと真横を通り過ぎていってさすがに動揺しました。Aくん不意の遭遇率高すぎてマジ無理です、会うときは心の準備させてください。*2

 

わたしのこのレポートでご興味を持った方がいらっしゃったらぜひ観に行ってください…!たぶん生で見た方がずうっといいものを得られると思います。ゴドーを待ちながらばりに解釈を受け手に任せているところがあるので、ぜひ自分だけの赫い月を、会場で見つけてください。

*1:ケンジさんとジロウさんのシーンはまんまゴドー~でしたね

*2:出張帰りの飛行機がかぶったアレ

リリーのすべて をみた

ここに書いてあることはわたしの妄想がほとんどです。個人の感想だから苦情は受け付けません。そこんとこよろしくな!

Amazon Prime会員になって早一年弱です。きっかけはお試しからの解除し忘れというなんとも鈍くさいものですが、気付けばその充実具合に来年も継続しようかなと思っているところです。今期のプライムビデオのアニメ配信リストが最高にわたし好みなのです。

ところで先日何気なくプライムビデオのトップページを見ていたら、映画「リリーのすべて」が配信されていることに気付きました。わたしは主演のエディ・レッドメインさんがとある不純な理由で好きなのですが、この「リリーのすべて」が劇場で公開されていた時期はそれなりに忙しいこともあって結局見られず仕舞い。先日バンドマンのおっかけしたタワレコ渋谷店でDVDが出ていたので買おう~と思っていた矢先、配信を見つけたのです。ご存知ない方にサラッとわかりやすくお伝えしますと、今ファンタスティック・ビーストの主演をやっている方です。顔がどタイプです。

 このエディ・レッドメインという役者さんは活動期間の割にはメジャーな出演作は決して多くないと思います。ここ5年くらいでやっと目立ち始めた役者さんじゃないかな。かくいうわたしもその目立ち始めた時期に好きになったクチです。ミーハーでなにが悪い。

長い前置きはここまでにして、自分のなかで感想をまとめていきたいと思います。

ネタバレホイホイするので気にしない方だけご覧ください。

 

総括してとても美しい愛の物語だったと感じました。ラブ・ストーリーなんていう言葉じゃなくて。愛の物語だった。いやどちらか一つの言語に変えてしまえば同じ言葉なのだけれど、日本人的に「ラブストーリー」と「愛の物語」って決定的に受け取り方が違うと思うんですが、このニュアンス、わかりますでしょうか。でも純愛なんかじゃないんだよね。原作、というか、実在した方について書いた原作小説をもとにしているようなのです*1が、とにかく劇的だ。ドラマティック。でも決してロマンチックではないのだ。生々しいのに劇的で、その二つの矛盾が綺麗に折り重なった作品だった。愛って本来美しいものであり、同時にセクシュアルであり、それでいてプラトニックな、矛盾を全部含めて愛なんだなあと思った。愛を一つに集約することなんかできっこないんですよね(ポエマ~)。タイトル「リリーのすべて」は日本映画だけなのでしょうか。原作は”The Danish Girl”。直訳すると「デンマークの少女」だし、史実のご本人が書かれた自伝は"Man into Woman"だし。

セクシュアル・マイノリティは病気ではない、というのは現代のわたしたちの常識になりつつあります。未だに偏見は多く存在していますが。わたしは高校生の時、身近にバイセクシュアルの友人がいたこともありましたが、わたしの周りはそんなこと全然気にも留めてなかったです。自分の周辺を常識として捉えるのは甚だ危険な行為ではありますが、特にわたしの周りは、いい意味でセクマイについて何も思っていなかったと思います。セクシュアル・マイノリティという言葉がある以上、その存在をマイノリティとして受け止めてしまうのだけれど、という話は物議を醸すので黙っていますね。ジェンダー論と言葉狩りという話になってしまいかねませんので、今はその話をしたいわけじゃないんだわたしは!

 

演技についてはわたしは何も分からないので圧倒的語彙力のなさを露呈するしかないのです。主演のエディ・レッドメイン氏が目と口元で表現する、憂い、迷い、そして幸福感の演技が素晴らしかった。2度目の手術の前夜にゲルダが去った後の泣き顔と、息をひきとる瞬間が、個人的にはものすごくグッときた。

主役アイナー・ヴェイナーの妻であるゲルダ役だったアリシア・ヴィキャンデル氏は本当になんかもう…最高でした…!ゲルダ、あまりにも優しすぎて、強がっていて、それがもう痛々しくて、でも最後にはもう強がりなんかじゃないんだなっていうのがじわじわと伝わってきて。そりゃ受賞するわけよ。

 

ビビッときたのが鼻血=生理のレトリック。アイナーが女装してリリーとしてゲルダと初めて舞踏会に行き、男性であるヘンリクと出会います。ここの段階ではまだアイナーはリリーを自分の「中の存在」としては認識していないように思います。なんていうか、女性性を感じつつも、まだ少しコスプレみたいな気持ちがあったようにわたしは感じました。話を戻しますね。ヘンリクはリリーを舞踏会会場から連れ出し、二人きりになって口説くのですが(ここのセリフも最高)、その際にリリーに不意打ちのキスをしました。その時、リリーが鼻血を出します。その後ゲルダに連れられその場を去るのですが、そのころからアイナーの様子がおかしい。わたしはこの鼻血こそがアイナーの内側にいるリリーが一人の「女性」として開花したレトリックだったんじゃないかなって思いました。性機能を持たない「少女」が生物的に「女性」になる、一番わかりやすいきっかけが初潮です。それまでは生物として子孫を残すための性機能として機能していなかった体が、今は性機能として動きますよ、という体からの合図です。少女はそれを経て女性へと成る、出来上がっていく。リリーがアイナーの体を通してこぼしたその赤い血液は、少女が女性になるそれだったんじゃないかなって思いました。この部分は例のシーンの直後に書いてるのですが、そのあと医師の診察を受けるシーンで毎月お腹の痛みを伴ってくる、と表現されているのでほぼ確定していいことだよね?

 

正直なところ、見ていて何が正解なのかわからなくなった。途中で段々と、どの視点でこの関係を見るべきなのかわからなくなってしまった。アイナーはアイナーとして生きるべきだったのか、リリーとして生きるべきだったのか。ゲルダはリリーを受け入れるべきだったのか。ゲルダは本当にリリーを受け入れられていたのか。リリーは本当に「愛されるに値しなかった」のか。愛って、なんだったのか。でもね、愛されるに値しないなんて言葉は、最後にリリーはゲルダから逃げたのかなぁって思った。愛されるのが怖いのかなぁ。ゲルダを愛したアイナーは、まだ死んでいなかったのかなぁ。ゲルダはリリーを責めなかった。心配はしても、責めやしなかった。いや、本当は、責めたい気持ちもあったとは思う。ゲルダは救われたのかな。救われたかったのかな。それでもゲルダがリリーに与えたのは、まぎれもなく愛だ。正解なんかなかったのかな。そこにあったのは一瞬の夢なんかじゃなくて、理屈を超えた現実だった。

 

またなんか思いついたら追加しよう。

*1:もちろん何もかもが実在したご本人の半生そのままなわけじゃないけど

観劇前の準備

なんだかいろんな方がライビュについて言及していて、自分の記事がきっかけかはわからないけれどちょっとだけ嬉しいです。いろんな方のを拝読しましたが、みなさんのお考えが伺えて楽しいですね。どこのどなたかも知らない方が自分と同じテーマで持論を展開するのをどこの誰かも知られていない自分が見られるなんて便利な時代だなあなんてしみじみ思いました。

 

あ、今回から二人の推したちを区別して呼びたいと思います。

以前から推していた彼をAくん、新推しくんをBくんにしますね。これでスッキリだぜ!

 

さて、来週がわたしの観劇初めです。今年は一年の振り返りが出来るように「良かった」「幸せ」「ありがとう」以外の感想が残せるように頑張りたいですね。観劇手帳始めました。ツイッター見返して語彙力と記憶力のなさにびっくりしました。わたしは観劇中の記憶は終わるとともに即頭から吹っ飛んでいきます。記憶に残らないって聞こえは悪いけど、見ることに集中しすぎている、もしくは興奮しすぎていると記憶って吹っ飛びませんか?ライブでもワンマンになるとセトリなんか覚えていたことがありません。対バンでも怪しいぞ。

 

今年の観劇初めはBくんの舞台!オリジナル脚本のストレートプレイ。とはいえ、ベースになっている作品や史実の出来事があるようです。

ベースになっている作品はとある外国の有名な戯曲で、でもわたしは演劇の歴史は全く知らんので存じ上げておりませんでした。ウィキペディアでざっくり概要だけ読みましたが、興味を持ったので実際に映像で見たいと思っているけれど見つかりません。残念。

もう一つが日本国内で実際に起こった事件。これはその事件にフォーカスした映画があるので見ることができるのですが、いま見るか悩んでいます。

何も知らない状態で見る楽しさっていうのもあると思うし、知っているからこそ見えてくることもたくさんあると思うんです。観劇前にキッチリ知識を入れるべきか、まっさらな状態(登場人物の相関図くらいは把握しますが)で見るか、悩みませんか?一回しかみられないなら、わたしはガッツリ予習しますけど!

今回はオリジナル脚本なので原作はないし、ポイントになってくる史実くらいは理解しておいた方がいいのかなーと思っています。アマゾンでレンタルしようかな。でも二日しかみられないんだよな。どうしようかな。

出演者さんたちのツイート見てるととっても難しそうなので、頭パッパラパーなわたしはやっぱり準備していった方がいいかなって今まさにこの瞬間に思いました。

 

脚本・演出家の方がブログに書いていた一言にとってもズキュンと来て、ああ、早くみたい!と気持ちが逸る一方です。こんなにも脚本・演出家さんに期待されているBくんは幸せ者だし、そのBくんを好きでいられるわたしも幸せです。どんな風に魅せてくれるのかな、もっと好きになっちゃうかな。楽しみすぎて一週間がんばっちゃうぞ!

 

一方でAくん初めは月末の朗読劇です!朗読劇って初めてだな。ついったー検索かけたら落選している人もたくさんいたので、申し込んだチケット全部S席で当選したわたしは幸運だったようだ。平日マチネのために有休今から申請しようとしています。Aくんは今週海外で刀振り回してるのでわたしは大人しくジャパンでウェイウェイしてます。このあと2.5次元舞台が決まっているのではやくチケット取らせて!って思っています。


それから、今しがたBくんの出演舞台が発表になりました。少女漫画原作の2.5次元。りあこじゃないりあこじゃないとは言い続けているものの、メインキャラだし男女の絡みがあるのかと思うと結構きついなあって思うのはもう一歩踏み出してるんだろうな(他人事)で 頼むからちゅーはやめてくれ。あと首に噛み付くのも嫌だよふええでも見たい!!!!!!!公演期間がよりにもよって一年で数少ない休めない時期にぶち込まれてちょっと悲しい…仕事で地方にいくのでさすがに終わってダッシュはできないし、初日と千秋楽だけかな…

 

全然関係ないですけど、ALL OUT!!というアニメの今月始まった第二クールで、六年追いかけてきたバンドがOPを歌っています!今度シャトナーさんで舞台化するようですし、よろしければ、ぜひご覧ください…!(広報活動)

 

話があっちこっちいっちゃうな!おわり!

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ライビュについて思うこと

先日(っていっても1か月くらい前)ライビュに行くか行かないかみたいなことで小一時間悩んだので、今更わたしなりにライビュについて考えてみました。

 

わたしは基本的にライビュは行かない人間です。過去には一回だけ。なぜかって言うと、わたしは生の舞台が見たくて金を払って舞台を見ているから(笑)DVDとかは別ね。あれはメモリアルだから。だって生で見たくてチケットに金払ってんだもん。映像が見たいわけじゃないんすよ、わたしは。映像はメモリアル。舞台は舞台。

しかもライビュってチケット大体3000~5000円くらいですよね。全部のライビュに言えることだけどさすがに4000円超えると高くない?わたしだけか?わたしはライビュに対して4000円超を渡すという等価交換ができないので行きません。これは価値観の違い。

わたしは結局そのライビュにはいきませんでした。推しが出ていたけれどチケットは全敗、公演前2週間は起きてる間一時間ごとに検索かけていろんな募集ツイートに声かけたけどダメだったし(トレーディング出来るだけ協力してくれっていうのなんなの?要するに譲渡される側に金払わせているだけじゃないの?)、平日マチネ以外は全部キャン待ちしたけどダメだったし、一応出来る努力はしたんだけどね、高額転売絶対コロスマンなので今回はあきらめました。それからいろいろ考えてライビュ行かないって決意したんだけど、そのときに一番腑に落ちたのが「生で見られないならいいや」だった。そういうことなんだなって自分で理解したのでいいかなって思った。ライビュ見るならDVDをブルーレイに格上げしたい。*1

ちなみにわたくし先月推しが出ていた刀を振り回すミュージカルに伺ったのですが、わたしは二階席と升席で2公演見てきたんだけど、二階席でもすごく楽しかった。思うところはたくさんあったけれど、現場で見てわあわあするのって楽しいなって思いました。なんだかライビュで満足できる人は逆にちょっとだけ羨ましい。友達がライビュ行って「すごくよかった~~~~~~~~~~~~;;;」みたいになってて、「もったいない」って思っちゃったわたしは意地の悪い女です。二階席なら定価でお譲り出てたし、一回くらいなら現場来たらよかったのになって思った。本人が楽しかったならいいんだけどね。

現地じゃないと入り込めない。だって自分の好きなように見たいから。ライビュはライビュ、舞台は舞台。わたしが見たいのは推したちがその場で一生懸命演じている姿なんだ。うううん、なんともわがままでコスパの悪い人間です。

でもね、ライビュはライビュでそれなりに楽しいんだろうなあとは思う。ライビュが好きな人を否定するつもりはないし、客席が一体になるのも素敵なことだと思う。楽しめるならそれでいいと思う。座席もたぶん劇場よりも映画館の方が快適なところ多そうだし(笑)千秋楽ライビュなんか特に千秋楽の空気感がある分それを(映像越しとはいえ)感じられるのは魅力だ。茶の間は見た人のツイッター見ることしかできないしね。

なんだけど、わたしにとってライビュは本当に最後の最後の手段でしかないんです。「ライビュを楽しむ」のと「舞台を楽しむ」って決定的に違うんだよ~!わかって~!わたしはライビュを舞台として楽しめないから、やっぱり現場にいたいと感じてしまいます。現場を見ちゃうとライビュに戻れないなっていうただのしがないおたくの感想文でした。

 

関係ないけど、共演者さんがあっぷした写真に写ってる新推しくんが、先日お贈りしたプレゼント着てくれていたので、うるとらハッピーな力を使って仕事初め頑張ります。共演者さんありがとうって三百回くらい言った。思った通り超似合っててわたし天才かと思った。

*1:ブルーレイ再生機器がないので意味がないのはわかっているけど