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落ちた

どうやら若手俳優とバンドマンが好きらしいです

22歳と24歳と26歳

24歳になった。すいません、最初の方はあんまり若手俳優関係ないです。

生まれてから小学生が二回できる年齢だなあなんて思うとすごい年数生きてきたような気がする。幼いころ、わたしは大人になったら何でもできるようになると思っていた。大人になったらきっとシュッとした美人になって、大人になったらきっと誰からも好かれる明るい人間になって、大人になったらきっと仕事がすごくできる人間になって。実際に年を重ねてみたら一つだって達成されていない。

 

24歳って何だろうと思って、グーグルで「24歳」と検索をかけた。

24歳は、女性が一番「モテる」時期らしい。

24歳は、女性にとって第一次結婚願望期らしい。

たしかに高校の友人や大学の友人が、ここ半年でバシバシ結婚していった。なんとなく取り残されたような気分にもなりながら、「24で結婚って早いよなあ」とも思う。わたしのまわりにはアラサー独身でも楽しくかつ充実した人生を謳歌している友人もたくさんいる。かと言っていろいろ逆算していくと、24歳はぼちぼち結婚・出産のことも考えないといけない年であるとも思う。相手がいないわけじゃないけどまだそこまで先の未来は考えられなくて、わたしはいまのらりくらりとバンドのおっかけや二次元おたく、俳優おたくをやっている。楽しい。それでいいかなーって気分にもなる。正直これができなくなるのは痛い。

幼いころに思い描いていた大人の姿とはかけ離れていて、言ってしまえばわたしはすごく狭い交友関係の中で生きている。高校・大学の友人で今でもたまに会うのは片手で数えられるくらいだ。でも、趣味を通じて出会った友人たちは、両手で数えてもたりないくらいにはいる。5年の付き合いになってもまだ好きでいられるし、好きでいてくれるみたいだ。もちろんいなくなった人もいるけれど。不思議なものだなあ。

わたしはあまり自分の高校が好きではなかった。すきだったけれど、正直仲のいい子なんか一人もいなかった。みんな当たり障りのない知り合いだった。話題は合わないし、某有名私大の付属だったので山奥にあるのに東京から通っている子も多く、わたしも二時間かけて通学していたので地元が同じということがまずありえなかった。部活も結構な強豪だったので、人数合わせで出場した大会で優勝もした。でも誰とも特別仲良くはなかった。アニメや漫画以外にはニコニコやバンドくらいしか興味のなかったわたしは、思春期の女子高生としては色気のない生活を送っていたように思う。ブスだったし、筋肉質だったし、キモオタだったし、田舎臭かった。それでも好きになってくれる異性は何人かいた。いたけれど、いま彼らは誰一人としてわたしにコンタクトを取ってこない。一時の気の迷いってあるんだなあと思う。

 

この年になって、10代後半から22歳くらいの数年間をよく思い出すようになった。思い出す。あー、こんなやついたなあ、と思う。たぶん彼らは、わたしのことなんて思い出す暇もない。わたしのことに使っていた記憶のメモリを、今はもっと楽しい他の誰かとの思い出のために使っているんだろう。こうして人は忘れられていくんだなあなんてぼんやりと思う。昔は人に忘れられるのは怖かった。だから誰よりも目立とうとしていたし、誰よりも優秀でありたかった。でもいまはそんなこと思わない。微塵も思わない。わたしのことなんか忘れてくれって思う。好いてくれる人にだけ覚えて貰えればいいやって割り切れるようになったのは、ある意味大人になったのかなって感じる。

 

わたしは決して意識の高い人間じゃないから、若いから仕事をバリバリやろうなんて思わないし、長生きする気も更々ないので老後のことはそこまで考えていない。今は生きているうちで一番楽しい。趣味の合う友達がいて、推したちがいて、働くのは面白くないがその分自分にもお金を使える。今を楽しく生きるのが、いちばんたのしいよね。大好きな人と一緒に、自分のために生きていきたいなあ。好きをあきらめたくない。自分の感情に一番素直になれるのは自分だけ。

 

10年後、「あのときは楽しかったなあ」と思える自分でいたいと常に思うし、10年後、「あのときこうしておいてよかったなあ」と思える自分でいたい。24歳も、加齢にとことん抗う一年にしたいし、25歳になったとき、クリスマスケーキなんて言わせない自分でいたい。

 

推しAは明日26歳になる。彼は本当に芝居に貪欲だ。決してそうそうたる美形俳優たちのように整った顔立ちをしているわけではないが愛嬌もあるし、人柄も良い(よさそうだとわたしは思う、しらんけど)。何よりもその芝居に対する貪欲さがわたしは好きだ。彼にとって25歳はどんな一年だったんだろうか。人付き合いに対して積極的な彼は、わたしとは正反対の生き物だ。なにかのインタビューで、「心を閉ざされると開くまで構いたくなる」という旨のことを言っていたのだが、もしもわたしが彼と普通の「友人枠」で会っていたら、心を開くまで構われていたんだろうなあと思う。わたしがなりたかった人間の姿だ。今の自分に不満はないけれど、もしも彼みたいになれたら、きっと人生はもっとイージーだったのかなあなんて思ってしまう。自分の仕事(お芝居自体が好きだから、仕事というイメージはないのかもしれないけれど)に対してあそこまで真摯に貪欲にいられる、そして人とのかかわりを前向きに捉えられる彼が、わたしは心底羨ましい。

その一方で推しBは、先日22歳になった。恐るべき22歳。わたしが22歳だったときのことを思い出すと、どうしても社会人一年目でボロクソだったことしか思い出せない。わたしが必死こいて先輩に縋っていたあの年齢を、彼はこんなに立派に過ごしている。仕事に対しては表立ってその意欲を前面に出さない彼だけれど、彼を取り巻く人の話を聴いていると、案外彼は熱血なところがあるんだなあなんて思わされる。「若いのに」なんて言葉は使いたくないけれど、彼は間違いなく22歳だったわたしなんかよりもずっと前向きに、ずっと前を進んでいる。

Aくんは「こうなりたいなあ」と思わせてくれるし、Bくんは「わたしも負けないようにがんばらなくちゃ」と思わせてくれる。そういう人が身近(ではないけど)に感じられることがありがたいなあと思う。

 

もう戻らない24歳を、推したちに負けないように生きていたいなあ。自分が疲れてしまうまで頑張るつもりは到底ないけれど、楽しみながら、わたしよりも年が上の人に羨ましがられるような、そして、わたしよりも年が下の人に憧れられるような自分でいたい。

 

 

 おわり

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